2008年も、今日を入れてあと3日で終わろうとしている。
毎年決まって思うんだけど、時が経つのが早すぎる。
何なんだ、この加速度的な時の流れは。
30を迎えた俺に、少なからずの焦燥感を抱かせる。
今年、祖母が亡くなった。
両親や兄弟を亡くしている人たちも多いと思うけど、俺はこの年になって初めて「肉親の喪失」というものを肌で感じた。
親族を失ったのは初めてではない。
父方の祖父は俺が中学1年生のときに、母方の祖父は高校3年生のときに亡くなっている。両方、東京から離れたところに暮らしていたこともあり、正直そこまで身近な存在ではなかった。俺の両親が気丈に振舞っていたからかも知れないが、悲しい出来事というより、人生の終焉という割り切った感情がほとんどだったように記憶している。
祖母が息を引き取った病室で、泣き崩れる父親や叔父たちを見ながら、「親」という、他の何にも替えることの出来ない崇高な存在感を感じ取れたからだろうか。はたまた自分が「親」という立場に立って初めて見えたものがあったからだろうか。
祖母の喪失は、ことのほか衝撃的だった。
目を閉じた祖母と、悲しむ親族と、新たに家系に加わった息子が同居する病室で、生と死のバトンが確かに見えた。
俺も、この子にしっかり看取られる人生を送らなくては。
昨日は北京オリンピックのハイライトを見ながら、一日中感動していた。
一所懸命に己を鍛錬して、勝負に勝った人の涙に震えるし、それでもダメだった人の悔し涙に胸を打たれる。この人たちは凄い。面識も何も無い人の心を簡単に動かせてしまう。
漫画だってそうだ。何気なく読み返した花の慶次のセリフで、バカみたいに興奮する。映画を見て、人生はなんて素晴らしいんだ!と楽観的になる。
後輩のライブを観にいっても、モッシュする客や、笑顔で歌う客を見て羨ましくなる。俺が面識の無い人間を笑わそう、泣かそうと思ったら、一体何ができるんだと考えてみても、たいしたアイデアは浮かばない。
俺は誰かの人生を豊かにできてるのか?と思うと、2008年最後にして、途端に虚しくなった。
20代初めの頃の俺は、「お金」が成功だと思っていた。
どれだけ稼げるか、これが男の甲斐性だと。
今でもそれは変わってないし、間違いなく、稼ぐ金は男の力を表す。
「自分探し」
クソみたいな言葉だが、少しこれに近い課題を2009年の自分に提示したい。
俺という人間が、世の中にどれだけ貢献できるのか、この手段の糸口だけでも見つけたい。
ほとんどバカみたいなことしか書いていないこのブログだけど、やめるつもりはないので、来年もまたみなさんよろしくお願いします。
今年もまだ3日あるので、記事を書くと思いますが。
ちなみに2008年の初エントリーはこんな記事。→「押尾リアム」
それでは、2009年、みなさんがそこそこのリスタートを切れますように。










